はじめに
「パイロットやCAはがん死亡率が高い」「磁場や放射線を扱う仕事をしていると女の子が生まれやすい」。どちらも聞いたことのある話ですが、査読論文や大規模な公的データで確かめてみました。
パイロット・CAのがんリスクの検証
ハーバードの研究が示す数値
最も参照されているのは、ハーバード大学の“Flight Attendant Health Study”です(McNeely CA et al., Environmental Health, 2018年)。CA5,366人と、社会経済状況を揃えた一般集団2,729人(米国の健康栄養調査NHANESのデータ)を比較したものです。
- 乳がん:標準化有病率比(SPR)1.51(95%信頼区間 1.02〜2.24)
- 悪性黒色腫:SPR 2.27(1.27〜4.06)
- 非黒色腫皮膚がん:SPR 4.09(2.70〜6.20)

SPRは一般集団と比べてそのがんを持つ人の割合が何倍かを示す数値で、1より大きいほど差が大きいことになります。非黒色腫皮膚がんは4倍以上でした。
ここで注意したい点があります。よく言われるのは「がん死亡率」ですが、この研究が調べているのは死亡率ではなく有病率(アンケート時点でがんと診断されたことがあるかどうか)です。「がんになりやすい」とは言えても、「がんで死にやすい」とまではこの研究だけでは言い切れません。
また、この研究は自己申告に基づく横断調査です。論文でも、この点を踏まえて結果を解釈すべきだと述べられています。
高高度飛行と宇宙線
乗務員でがんが多い背景として挙げられているのが宇宙線被ばくです。機体そのものに宇宙線を遮る構造はなく、高度が高く緯度の高い路線ほど乗務員の被ばく線量が増えることが、文部科学省の検討資料でも示されています。

地表の宇宙線被ばくは年間0.4mSv(文部科学省の検討資料、国連科学委員会2000年報告書)で、時間あたりに換算すると0.046μSv/時ほどです。一方、高度12,000mでは約5μSv/時(ICRP Publication 75)とされており、地表にいるときと比べて時間あたり約110倍の宇宙線を浴びていることになります。乗務員は1回のフライトでこの高度に数時間とどまるため、被ばく線量が積み重なりやすい計算です。
磁場・放射線曝露と「女の子が生まれやすい」説の検証
「放射線」と「磁場」は性質の異なる物理量ですが、セットで語られがちなので、分けて検証します。
原発など電離放射線を扱う職業の場合
最も規模が大きく信頼できるのは、英国の原子力産業従事者の子ども46,000人超を対象に、一人ひとりの雇用記録・被ばく線量記録に基づいて分析した研究です(Maconochie N et al., The Lancet 357: 1589-1591, 2001年)。結果は、性比に統計的に有意な変化なし。低線量の職業被ばくが子どもの性比に影響するという証拠は得られませんでした。
これより前の、セラフィールド原発の労働者に限定した小規模な研究(Dickinson HO, Parker L, 1996年)では性比に差が見られていましたが、対象を広げた46,000人規模の研究では消えています。しかもその差は「男児が増える」方向で、「女の子が生まれやすい」という噂とは逆向きでした。電離放射線の職業被ばくが女の子を増やすという証拠は、少なくとも大規模データでは見当たりません。
磁場を扱う職業の場合
一方、磁場(電磁場)を扱う職業では、統計的に有意な結果が複数報告されています。
ノルウェーの出生データ(1970〜1993年)を使った研究(Irgens A et al., American Journal of Industrial Medicine 32(5): 557-561, 1997年)では、強い静磁場・低周波電磁場を扱う男性労働者の子どもで男児比率がやや下がる傾向が見られましたが、いずれも統計的に有意ではありませんでした(下図)。

一方、曝露を受けた女性労働者自身の子どもでは、アルミニウム工場で男児比率37.04%、全製錬工場をまとめると45.13%(対照群51.42%)と、統計的に有意な低下が確認されています。
ノルウェー海軍の男性10,497人を対象にした調査(Baste V, Riise T, Moen BE, European Journal of Epidemiology 2008年)では、電磁場への曝露度合いが強いほど男児比率が下がるという、統計的に有意な量反応関係が確認されています。別の海軍調査(Møllerløkken OJ, Moen BE, Bioelectromagnetics 2008年、回答者1,487人)でも、通信業務でオッズ比1.72(95%信頼区間1.04〜2.85)、レーダー・ソナー業務で2.28(1.27〜4.09)と、電磁場との関わりが強い職種ほど不妊リスクが高いことが定量的に示されています。
磁場・電磁場曝露が強いほど女児が増える、あるいは不妊リスクが上がるという結果は、独立した複数の調査で有意に確認されています。ただし効果の大きさは、男児比率で数ポイント〜十数ポイント下がる程度です。
おまけ:大学時代に聞いた話
余談ですが、大学院生の頃、磁場を使った実験をしている研究者仲間から「うちの研究室は女の子が生まれやすいらしい」という話を聞いたことがあります。当時は噂話として聞き流していましたが、調べてみると研究の裏付けがある話だったようです。
まとめ
「パイロット・CAはがんになりやすい」という噂は、有病率という切り口で査読研究に裏付けがありました。「磁場を扱うと女の子が生まれやすい」という噂は、原発の職業被ばくについては大規模研究で裏付けが見当たらない一方、磁場そのものの曝露については複数の独立した研究で同じ方向の結果が出ています。同じように語られがちな2つの噂でも、対象が放射線か磁場かで結果が変わってくるのは、調べてみて意外でした。


