東京は放射状の道路・鉄道網が早くから整備された一方、南北方向は後回しにされてきました。「交通の便が悪いと思う東京23区」ランキング(おうちパレット調査)でも1位江戸川区・2位練馬区・3位世田谷区と、南北移動の弱さが理由に挙がっています(ねとらぼ)。中央線と西武池袋線の間に広がり、西武新宿線が横切る南北方向の空白地帯を、吉祥寺から北上するルートで埋められないか検証したうえで、既存の構想「エイトライナー・メトロセブン」と行政資料をもとに比較しました。結論から言うと、今回の試算ではエイトライナーの方が有力です。

環七・環八沿いの環状構想「エイトライナー・メトロセブン」
環八通り沿いの「エイトライナー」(田園調布~赤羽)と環七通り沿いの「メトロセブン」(赤羽~葛西臨海公園)は、放射状の私鉄・地下鉄を環状方向につなぐ構想で、1990年代に沿線区で発足しました(江戸川区、大田区)。2016年の交通政策審議会答申第198号は次のように評価しています。
<18>区部周辺部環状公共交通の新設(葛西臨海公園~赤羽~田園調布)
交通政策審議会答申第198号(世田谷区公開資料、令和6年9月4日付)
【意義】環状七・八号線沿線地域間相互の環状方向のアクセス利便性の向上を期待。
【課題】事業性に課題があるため、関係地方公共団体において、事業計画について十分な検討が行われることを期待。また、高額な事業費が課題となると考えられることから、需要等も見極めつつ中量軌道等の導入や整備効果の高い区間の優先整備など整備方策について、検討が行われることを期待。
エイトライナー促進協議会『令和5年度活動報告及び今後の進め方』(2024年7月30日、第31回総会資料。杉並区議会資料)は、整備方式別の事業費・需要を示しています。概算事業費(全周約60km)は方式により約1,230億円(BRT)〜1.8兆円(モノレール)まで幅があります。地上系(BRT・LRT)は用地買収が必要な分成立性が劣り、断面交通量の多いエイトライナー区間では輸送力・速達性にも課題があるとされているため、以下では地下系で最も安いスマート・リニアメトロ方式(車両・トンネル断面を小型化し建設費を抑えた地下鉄、約8,133〜9,823億円)を前提とします。既存道路の地下を使える分、単価(約136〜164億円/km)は後述する吉祥寺延伸ルートの想定単価(約400億円/km)より低めです。
答申は「整備効果の高い区間の優先整備」を求めており、同資料の平成23年度需要予測では二子玉川~練馬高野台間の断面交通量が70千人/日以上で最大でした。同じく『令和5年度活動報告及び今後の進め方』に掲載のルート図(杉並区議会資料)によると、この区間だけで二子玉川(東急田園都市線・大井町線)・千歳船橋西(小田急線)・八幡山(京王線)・高井戸(京王井の頭線)・荻窪(JR中央線・東京メトロ丸ノ内線)・井荻(西武新宿線)・練馬高野台(西武池袋線)と、9路線に接続する計画でした(詳細ルートは未確定)。この区間(直線約14.4km、道路長換算で約14.7〜15.9km)に全周の事業費を距離按分すると概算事業費は約2,000〜2,600億円です。
吉祥寺から北上して西武池袋線を目指すルート
このテーマには前例があります。乗りものニュースの記事(「幻の鉄道計画の顛末」)によると、京王は1949年12月に免許申請線の計画を変更し、吉祥寺を起点に成蹊大学・グリーンパーク野球場予定地・田無を経由して西武池袋線東久留米へ至る約9kmの新線を計画していましたが、実現には至りませんでした。
井の頭線はJR中央線・西武各線と同じ1067mm軌間で、軌間の面では相互直通を検討できる条件を満たします。ただし京王と西武は信号保安装置が異なり(京王はATC、西武はATSが主体〈京王電鉄ATCの仕組み、国土交通省・自動列車停止装置等の整備状況〉)、車両仕様などの違いも含め相互直通には追加投資が必要です。吉祥寺発でも駅共用・運行系統独立の新線とすれば制約は回避できますが、既存インフラは活かせません。現在提案している吉祥寺~大泉学園ルートについては、確認した範囲では行政による具体的な検討実績はありません。
この区間の空白地帯は西武新宿線だけでなく、その北の西武池袋線まで続きます。西武国分寺線(国分寺~東村山)と山手線のおおむね中間にあたるのが吉祥寺で、そこから真北に進むと武蔵関付近で西武新宿線と交差し、大泉学園で西武池袋線に届きます。西武国分寺線や山手線に寄るほど既存路線で代替できてしまうため、あえて中間を貫く吉祥寺起点を採用しました。事業費は、地下鉄の建設単価の参考例として都営大江戸線(総建設費1兆3,574億円÷40.7km≒約330億円/km)や、地下区間の多い相鉄・東急新横浜線(神奈川東部方面線、総事業費約4,022億円÷延長12.7km≒約317億円/km)は約320億円/km前後ですが、これらより高めに見積もり、住宅密集地での新設を前提に1kmあたり約400億円という単価に直線距離を掛けた私の概算です。
吉祥寺~大泉学園(直線約5.19km)は、1kmあたり約400億円という前提によれば概算事業費は約2,075億円です。武蔵関付近に途中駅を設ければ西武新宿線への乗換も可能です。

エイトライナーと吉祥寺北上ルートを比較する
| 項目 | エイトライナー(優先区間) | 吉祥寺-大泉学園 |
|---|---|---|
| 行政上のステータス | 答申第198号に記載、令和5年度に概算調査、次期答申に向け検討中 | 現在提案しているルートの具体的な検討実績なし(1949年に吉祥寺起点の類似構想があったが未成) |
| 距離 | 約14.4km | 約5.19km |
| 概算事業費 | 約2,000〜2,600億円 | 約2,075億円 |
| 需要予測 | あり(H23の過年度予測。現行の需要予測は今後実施) | なし |
| 南北移動の改善に関係する主な既存路線数 | 9路線 | 3路線 |
行政上の実績で見るとエイトライナーが優位です。答申に明記され概算調査も行われ、次期答申に向けた検討も続く一方、今回提案している吉祥寺~大泉学園ルートについては、確認した範囲では行政による具体的な検討実績はありません。事業費の中身も対照的で、エイトライナーは環八の地下を使える分単価が安く(約136〜164億円/km)、距離が3倍近くても総額は吉祥寺ルート(約2,075億円)と同水準です。吉祥寺ルートは新規トンネルが前提(約400億円/km)のため、距離は短くても単価で見劣りします。接続する既存路線数も、エイトライナーの優先区間では9路線に及ぶ一方、吉祥寺ルートが主に解消するのは、中央線・西武新宿線・西武池袋線の間にある南北方向の空白です。
今回の試算では事業費は同水準です。また、エイトライナーには答申への位置付けや過去の需要予測、概算調査などの検討実績がある一方、吉祥寺ルートには現時点で具体的な行政検討や需要予測がありません。接続する既存路線数でも、エイトライナーの優先区間が上回ります。既存路線が止まった際の迂回路としての機能も、より多くの路線と交わるエイトライナーの方が本来強みがあります。ただし両者の事業費は算定方法が異なり(エイトライナーは公式資料の全周事業費を距離按分、吉祥寺ルートは他線の単価を参考にした私の仮定単価×距離)、厳密な費用便益比較ではありません。吉祥寺から北上する新線構想は、まず行政の検討対象に載ることが最初の関門になります。
本記事は公開されている行政資料・自治体議会資料・公式発表等をもとにした個人的な試算・考察で、正式な費用便益分析や事業化の見通しを示すものではありません。エイトライナー・メトロセブンと吉祥寺-大泉学園の概算事業費は、明記した前提による私の試算です。数値は執筆時点(2026年8月)のもので、今後変わり得ます。


