ここ10年くらいで顔認証などの技術においてAIは私たちの日常に急速に入り込んできております。美術作品にAIを活用した展示「虚擬態」についてディープラーニングエンジニアの立場から紹介させていただきます。
虚擬態
本展はオランダ人と日本人のアーティストのコラボ展であり、目玉となっていたのがAI技術によって生成された美術作品です。
“AIのシステムや、⾃然の⾵景のなかにある実体のわからない「虚の領域」に「擬態化」することで、この境界の不明瞭な世界をとらえようとすることの可能性を考える”(美術手帳より)
AIなどを始めとする虚の空間と私たちの現実世界の境界がいかに不明瞭なものか考えさせられる展示となっています。開催場所である花園アレイは東京大学と東京藝術大学の中間地点の路地裏にあります。美術館などでの展示と違い、住宅街に溶け込んで開催されているので存在を知らずに通り過ぎてしまいそうです。自分も少し迷っていたのですが、にぎわう声が聞こえてきて見つけられました。
AI技術を使った美術作品
今回は「PUK」と呼ばれる新しい人工知能の開発を目指したプロジェクトの一環で行われた、フクロウの画像をもとにAI技術によって生み出されたマスクが展示されていました。隣にはここで用いられている3D画像を実体験できるディスプレイ技術も展示されておりました(ディメンコ社 SR Dev Kit)。ヘッドマウントディスプレイがなくても手を近づけるだけでその画像を操作することができ、直感的に3D画像を「触る」ことが可能です。
AI技術の紹介:GAN
私は学生時代に研究の傍らディープラーニングエンジニアの資格(E資格)を取得しております。ここでは、PUKで用いられているAI技術であるGAN(Generative Adversarial Network)について紹介させていただきます。一般的に画像の学習は何階層にもわたるフィルタリング処理を通して行われ、その画像を形成する局所的な情報(家の屋根の輪郭など)を特徴量として抽出することで、異なる画像を比較してそれらが似ているかどうかを判別します。フィルタリング処理が進むにつれて画像のデータサイズは小さくなっていきます(画像がぼけていきます)。このとき、局所的な情報が失われて大域的な情報(タッチなどのスタイル)が現れてくるようになります。GANの技術では、画像のフィルタリング処理において局所的・大局的な情報を分離できることを用いて、2枚の異なる画像(街並みの写真と絵画作品)を組み合わせて絵画作品のタッチで描かれた街並みを作り出しています(A Neural Algorithm of Artistic Style (L. A. Gatys et al. (2015)))。
AIというブラックボックス
上記で紹介したPUKのフクロウや絵画の事例ではAIを用いて新しい作品を生み出しています。階層構造が何層にも深くなると私たち人間の直感で理解できない結果も生じてきます。「虚擬態」においてはAIという奥が見えない窪み(Hollow)、虚の領域と私たちの生きる現実世界の間の境界が曖昧になってきていると論じています。
AIの空間と現実世界を融合させていくという考え方は美術に限った発想ではありません。このIoT社会においては現実(フィジカル)の情報がコンピュータ上(サイバー)に取り込まれます。コンピュータでの分析を現実の改善に用いる仕組みが「サイバーフィジカルシステム(CPS)」と呼ばれ、大きな注目を集めています。例えば製造業では工場の生産ラインをカメラの画像をもとに最適化するなどの取り組みが行われています。
ただしAIの空間と現実世界の境界の捉え方の違いは芸術か製造業かで全く異なります。芸術においてはそれらの境界が曖昧なこともまた是と見なすことができます。一方の製造業ではAI技術を存分に活用したい一方で、それがブラックボックス化してしまうと思わぬ事態を生じてしまいかねません。そのために、AIの結果を導く根拠となったデータを同時に出力するなど、サイバーもフィジカルも人間の手の内に収めたいと考えます。
私自身はどちらかというと製造業寄りの価値観の中で仕事をすることが多いものの、毎日を楽しむ上では芸術のように白黒はっきりさせない楽しみ方を持つことも大切だと思います。
虚と現実を融合する展示
フクロウのマスク以外の展示も一部紹介させていただきます。
ちきゅうっち(Vincent Ruijters & Ray LC)
人間の活動によって衰退し続けている自然環境の特定の地域を擬人化。「たまごっち」を思い起こさせます。「ちきゅうっち」の健康状態を通じて地球の自然環境の衰退がより身近な存在として擬人化されています。
窓の外の風景
窓が開いていて外を見るとベランダや建物が見えます。しかしながらよく見ると、キャンバスの脚が見えています。これはキャンバスにプリントされた写真のようです。シンプルではありますが、私は一瞬その写真を現実と認識してしまいました。本作は私たちの中で虚と現実との境界が曖昧であることを主張しているように思います。
まとめ
以上「虚擬態」の展示の中で、虚の空間と現実世界の境界について考えさせられる作品を一部紹介させていただきました。よく目を凝らしていないと気付かずに通り過ぎてしまうような世界がそこには広がっていました。芸術作品がAIを始めとするサイバーの世界と融合することで、今自分の目に映っているものより一層深い味わい方ができるようになっていると感じます。まだまだ私たち人間はAIの技術について分かっていないことも多く、今後AIがどのように現実に影響を及ぼすことになるか楽しみですね。
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