エジプト旅行|神々の都ルクソール東岸|カルナック神殿とルクソール神殿

1週間ほどHISのツアー旅行でエジプト旅行に行ってきました(2026年3月29日から4月5日)。本記事では7日目(4月4日)に訪れたルクソール東岸のカルナック神殿、ルクソール神殿、ルクソール博物館について記載します。ルクソール東岸は、太陽が昇る方向に位置することから「生者の都」「神の都」と呼ばれ、神殿や祭祀の中心地として栄えました。一方、ナイル川の西岸は太陽が沈むことから「死者の都」とされ、王家の谷など墓地が集中しています。実際に訪れてみると、想像以上にスケールが大きく、古代エジプトの宗教観や権力の大きさを肌で感じることができました。

カルナック神殿

エジプト最大の神殿複合体で、約2000年にわたり増改築が続けられました。メンチュ神殿、アメン大神殿、ムート神殿から成ります。今回はそのメインの神殿であるアメン大神殿を訪れました。カルナック神殿もルクソール神殿も非常に日差しが非常に強く、日陰も少ないためサングラスや帽子、日傘などがあった方が良いです。

カルナック神殿。見えているのは第1塔門で第2、第3、と塔門が続きます。
カルナック神殿。見えているのは第1塔門で第2、第3、と塔門が続きます。
スフィンクス参道。ルクソール神殿との間を結ぶ長さ約3 kmの参道。
スフィンクス参道。ルクソール神殿との間を結ぶ長さ約3 kmの参道。
羊の頭のスフィンクス。カルナック神殿の主である、エジプトの最高神アメン・ラーの聖獣が羊です。
羊の頭のスフィンクス。カルナック神殿の主である、エジプトの最高神アメン・ラーの聖獣が羊です。
セティ2世の神殿。左からムト女神(アメン神の妻)、アメン・ラー神、コンス神(アメン神の息子)の礼拝堂になりますが、中には入れないようです。
セティ2世の神殿。左からムト女神(アメン神の妻)、アメン・ラー神、コンス神(アメン神の息子)の礼拝堂になりますが、中には入れないようです。
第2塔門。その手前には両脇にラメセス2世の巨像が立ちます。
第2塔門。その手前には両脇にラメセス2世の巨像が立ちます。
第2塔門の手前のラメセス2世の像。名前が後に書き換えられてパネジェムの巨像と呼ばれているそうです。右側の像は修復中なのか覆われていました。
第2塔門の手前のラメセス2世の像。名前が後に書き換えられてパネジェムの巨像と呼ばれているそうです。右側の像は修復中なのか覆われていました。
第2塔門の奥の大列柱室。134本もの石柱が並びます。アメンヘテプ3世が着工、ラメセス2世が装飾し紀元前1285年頃完成しました。当時は石の天井で覆われていたそうです。
第2塔門の奥の大列柱室。134本もの石柱が並びます。アメンヘテプ3世が着工、ラメセス2世が装飾し紀元前1285年頃完成しました。当時は石の天井で覆われていたそうです。
どの柱にもレリーフが密に描かれています。柵が見えているのは明かり窓で、そこからの光が入る中央のパピルス柱は開花しており、光が当たっていない周りのパピルス柱は閉花しています。
どの柱にもレリーフが密に描かれています。柵が見えているのは明かり窓で、そこからの光が入る中央のパピルス柱は開花しており、光が当たっていない周りのパピルス柱は閉花しています。
第3塔門を抜けると右手前にトトメス1世のオベリスク、左奥(第4塔門と第5塔門の間)にハトシェプスト女王のオベリスクがあります。
第3塔門を抜けると右手前にトトメス1世のオベリスク、左奥(第4塔門と第5塔門の間)にハトシェプスト女王のオベリスクがあります。
トトメス1世のオベリスク
トトメス1世のオベリスク
女性でありながらファラオになったハトシェプスト女王のオベリスク。高さ約30 mで300 tを超えるそうです。
女性でありながらファラオになったハトシェプスト女王のオベリスク。高さ約30 mで300 tを超えるそうです。
カルナック・アメン大神殿の至聖所
カルナック・アメン大神殿の至聖所
スカラベの彫刻。スカラベ(フンコロガシ)は古代エジプトで「太陽の運行」や「再生・復活」の象徴とされていました。トトメス1世のオベリスクから右に進んでいったところにあります。ガイドさんに、願い事をしながら7周スカラベ像の周りを回ると叶います、と言われて私も7周しました(厳密には回る回数も目的により異なるそうですが)。
スカラベの彫刻。スカラベ(フンコロガシ)は古代エジプトで「太陽の運行」や「再生・復活」の象徴とされていました。トトメス1世のオベリスクから右に進んでいったところにあります。ガイドさんに、願い事をしながら7周スカラベ像の周りを回ると叶います、と言われて私も7周しました(厳密には回る回数も目的により異なるそうですが)。

ルクソール神殿

カルナック神殿とスフィンクス参道で結ばれた神殿で、主に王の即位儀式やオペト祭などの宗教儀式が行われた場所です。オペト祭では、カルナック神殿からルクソール神殿まで神像が運ばれ、王の再生と統治の正当性を示す重要な儀式が行われていました。ほぼ一直線に参道、大列柱廊、至聖所が配置されているのが特徴です。

ルクソール神殿のオベリスクと第一塔門。
ルクソール神殿のオベリスクと第一塔門。
第1塔門のオベリスク。対になっていたオベリスクはモハメッド・アリが大使の時にフランスに贈られ、現在はパリのコンコルド広場にあります。
第1塔門のオベリスク。対になっていたオベリスクはモハメッド・アリが大使の時にフランスに贈られ、現在はパリのコンコルド広場にあります。
カルナック神殿につづくスフィンクス参道
カルナック神殿につづくスフィンクス参道
 ラメセス2世の中庭にあるイスラム教のモスク。かつて神殿が砂に埋もれていたため、現在の地面より高い位置に入口が作られています。
ラメセス2世の中庭にあるイスラム教のモスク。かつて神殿が砂に埋もれていたため、現在の地面より高い位置に入口が作られています。
ラメセス2世の中庭にあるラメセス2世の立像
ラメセス2世の中庭にあるラメセス2世の立像
ラメセス2世の中庭にあるラメセス2世の座像(写真で切れている左側に立像があります)
ラメセス2世の中庭にあるラメセス2世の座像(写真で切れている左側に立像があります)
ツタンカーメン王とアンケセナーメン王妃の座像
ツタンカーメン王とアンケセナーメン王妃の座像
アメンヘテプ3世(ツタンカーメン王の祖父)が作った大列柱廊。その100年後にラメセス2世がルクソール神殿の外側を作ったそうです。
アメンヘテプ3世(ツタンカーメン王の祖父)が作った大列柱廊。その100年後にラメセス2世がルクソール神殿の外側を作ったそうです。
アメンヘテプ3世の中庭
アメンヘテプ3世の中庭
皇室(ローマ皇帝)崇拝の円形のドームとコリント式(柱頭がアカンサスという植物の形状)の柱
皇室(ローマ皇帝)崇拝の円形のドームとコリント式(柱頭がアカンサスという植物の形状)の柱
ローマ時代のフレスコ画。古代エジプトだけでなく、ローマ時代にも利用されていたことが分かる貴重な遺構です。
ローマ時代のフレスコ画。古代エジプトだけでなく、ローマ時代にも利用されていたことが分かる貴重な遺構です。
ルクソール神殿の至聖所
ルクソール神殿の至聖所
ルクソール神殿の至聖所
ルクソール神殿の至聖所

カルナック神殿・ルクソール神殿に関する河江さんのYouTube動画が分かりやすいので観光の前に勉強させていただきました。

ルクソール博物館

ルクソール神殿・カルナック神殿で発見された貴重な遺物が展示されています。展示数はカイロの博物館ほど多くありませんが、その分厳選された展示が多く、照明や配置も工夫されていて非常に見やすい博物館です。数々の神殿と異なり観光客が少なく、ゆっくりと見学できました。

ルクソール博物館
ルクソール博物館
エジプトの領土を最大に広げたトトメス3世。ツアーガイドさんもエジプト考古学者の河江さんも絶賛していました。
エジプトの領土を最大に広げたトトメス3世。ツアーガイドさんもエジプト考古学者の河江さんも絶賛していました。
ソベク神とファラオ。アメンヘテプ3世のものだと考えられていますが、ラメセス2世によって名前が書き換えられています。
ソベク神とファラオ。アメンヘテプ3世のものだと考えられていますが、ラメセス2世によって名前が書き換えられています。
アクエンアテン王(ツタンカーメン王の父)。唯一神アテンを主神とする宗教改革を行いますが、子のツタンカーメン王の代では従来の多神教に戻りました。
アクエンアテン王(ツタンカーメン王の父)。唯一神アテンを主神とする宗教改革を行いますが、子のツタンカーメン王の代では従来の多神教に戻りました。
アメンヘテプ3世(ツタンカーメン王の祖父)。ルクソール神殿を作りました。
アメンヘテプ3世(ツタンカーメン王の祖父)。ルクソール神殿を作りました。

河江さんのルクソール博物館の解説動画は下記。

終わりに

ルクソール東岸は、古代エジプトの宗教と権力の中心地であり、長い歴史が積み重なっているのを感じられる場所でした。実際に歩いてみると、柱1つとっても非常に大きく、そのスケールの大きさと精巧さに圧倒されます。

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